漆黒の斬撃

東京砂漠に生きる役者が、主に物語を書き綴るブログです。つたない文章ですが、お付き合い頂けたら幸いです。

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  ~弦~
あれから、何度か彼女を夕食に誘った。
最初は単なる憧れだった。それから色々と
彼女の話しを聞いて、彼女の人間性の
一部に触れているうちに、次第に彼女に
惹かれている自分に気が付いた。

ある種、尊敬の念に近い感情だけど
こんな気持ちを女性に抱いたのは始めてだった。

会社での彼女は、ほとんどアイドル状態で
腰の近くまで伸びた長めの黒髪、派手に
着飾らず、決して美人というわけではないけど
男女問わず周囲を和ませる笑顔、子どものように
笑うかと思えば、姉のように、時には母のように
みんなをたしなめてくれる、そういう存在だった。

そんな彼女を女性として意識し始めるのに
煙草を吸い終える時間さえ長いくらいだった。

街は早くもクリスマスムード一色で
ディスプレイやネオンが用意され
雪の降らないどんよりした空も
季節の訪れを告げていた。

「香澄先輩」
「ん?何?」

会社の近くのファミレスで食事を終え
二人で食後のコーヒーを楽しんでいた時だった。
ずっと気になっていたことを、聞こうと思った。

隣の席にいる大学生らしき集団が
あれこれ恋愛談義に華を咲かせていた。
オレンジ色のソファに座っている女性が
ストローでグラスをかき混ぜながら
ずっと喋っている。目の前に座っている
二人の男は、半ばけだるそうだった。

「あの、先輩ってホントは営業部…なんですよね?」
「…うん。そうだよ。今は経理の鬼だけどね」
「あははは、確かに」
「あ、そういう事言うんだ?へぇ?」
「え、いや、それはその…」

彼女は手元にあるコーヒーを一口飲んで
隣の学生たちのように友達の恋の話をし始めた。
そして、彼女の眼が、雰囲気が語っていた。

これ以上この話題に触れないで

と。俺もそれ以上何も聞かずに、彼女の
話を聞くともなく聞きながら、一緒に笑った。
俺のコーヒーは、冷め始めて苦味が増していた。

それからは、年末に向かってただただ忙しい
日々が続いた。年の瀬まで働き、仕事納めも終わり
迎えた大晦日の夜。どうしても自分の気持ちを
伝えたかった俺は、同僚たちに紛れて彼女と一緒に
市内にある大きな神社に参拝に来た。

屋台に並ぶ人たち。

除夜の鐘が鳴り終わり、世界が新しい年を向かい始める
喧騒の中、玉砕覚悟で彼女に気持ちを伝えた。
ほんの数秒背を向けた彼女は、少し顔を俯かせながら振り返り

「待たせすぎ…」

と答え、顔を紅くしながら、俺の背中に手を回した。
冬の寒さなんて感じないくらい、身体が熱くなった。

俺はこの時、絶対に彼女を守り抜こう、と
下弦の月に照らされる、彼女の瞳に誓った。
やがて冬の寒さは、春の穏やかさを運んできた。

「んっ?!桜!!!キレいだねぇ?」
「去年は入社したばっかりだったから余裕無かったけど
 この辺りにこんな場所があったんですね」
「そ。結構穴場なんだよ?」
「みたいですね。あんまり人も居ないし」

会社から少し離れた所にある小さな公園。近所の
家族連れくらいしか来ないけど、桜は見事な物だった。

久しぶりの二人だけでの外出だった。彼女の母親は
身体が悪いらしく、長女である彼女が仕切らないと
いけないからだ。毎日職場で顔を合わせているけど
久々に外で見た彼女は、幾分痩せているように思えた。

「ねっ」
「え?」
「今年の夏って、休み取れそう?」
「え?あ?…はい。有給はまだあるし、多分大丈夫ですよ」
「そっか♪」
「どうしてですか?」
「私もね、夏は少し自由になれそうだから、どこかに
 旅行でも行ってゆっくりしたいな、って思って」
「へ?」

思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
まさか彼女からそんな誘いをもらえるとは
思っていなかった。キス以上の進展は特に
無かったけど、だだ彼女とは同じ時間を共有
出来ていれば、俺はそれで満足だった。

初夏の太陽が肌を焼き、彼女と付き合い
初めて半年程経った頃、俺が学生の頃に
住み込みで働いていた事のある長野の
ペンションに来ていた。もちろん、二人きりで。

「でもなんかちょっと意外かも」
「え?何がですか?」
「だって、接客とか苦手そうなんだもん」
「香澄さん、それスゲー失礼じゃないっすか?」
「あははは、冗談冗談♪」
「冗談に聞こえないんすけど…」
「ほらほら、早く荷物置いて、散策散策♪」

近くの山道を一通り散策して、湧き水のある水辺で
散々戯れ、気が付くと山は橙色のコートを纏っていた。

「夕日…眩しいね」
「あ、はい…」
「そろそろ…戻ろっか?」
「そう…ですね」

彼女に促されて、俺達はペンションへと戻った。
陽が落ち初め、静けさが増してきたせいで
俺の心音が彼女にまで聞こえているんじゃ
ないだろうか、と思うくらい緊張していた。

夕食を終え外に出ると、空には乳白色の月が輝き
星々は手が届くかと思うくらいの距離にあった。

ここで働いていた頃、この夜空をこんな気持ちで
見ることが出来るなんて妄想はしていたけど
実際に叶うなんて思ってもいなかった。夢じゃ、ない。

ふと部屋の中を覗くと、天の川の輝きにも負けない
極上の一等星が濡れた髪を乾かしながら、戻ってきた。

「じゃあ、寝ましょっか」
「…」
「電気…消しますよ…」
「…」
「香澄さん…あの…俺…」

彼女は俺の言葉を遮るかのように、目の前に立った。
湿った空気に乗って漂ってきた、微かなシャンプーの香り。
脳震盪を起こして倒れそうな、甘い匂いだった。

「星、綺麗だね」
「…はい…」

彼女の手をそっと握りながら言った。

「俺…先輩とここに来れて…よかったです…」
「うん…」
「ここで働いてる頃、いつか、こうして彼女と
 ここの空を見たいって思ってました…」
「…」
「この空を…先輩と…」

言いかけて、俺は握った手に少し力を込めた。
鼓動がさらに加速していくのを感じながら。

「香澄さ…香澄と、見る事が出来てよかった」
「…ありがとう…」

握った手を引くと同時に、震えた声で、ありったけの
気持ちを絞りだすように彼女の名を呼び、華奢な
彼女の身体を包むように抱きしめ、ベッドへ倒れ込んだ。

夜の静寂も、蝉の声も、風の音さえも聞こえず、
俺の耳には自分の心音と、彼女の息遣いしか聞こえなかった。


それから仕事も私生活も、ずっと順調だった。
だけど、太陽の熱が冷め始め、木々が紅く
なり始める頃、彼女はよく会社を休むようになった。
それからほどなく、俺は先輩からよからぬ噂を聞いた。

「香澄の奴、長身で眼鏡かけた30代後半くらいの男と
 最近よく一緒に居るらしいぞ。会社休んで何してるんだか。」

俺は彼女の事を全く疑ってはいなかった。だけど
会社を休みがちになって、会社に出てきても
あまり俺と顔を合わせようとしなかった。
そんな彼女に少なからず疑念を抱くようになっていた。

肌を刺すような風が吹き、街が忙しなくなってきた。
微かな疑念を抱きながらも、答えが怖くて、彼女に
真実を問い正す事が出来ないでいた。彼女との事を
振り払うかのように仕事に没頭していると、功績を
認められたのか、年明けから始まる大きなプロジェクトに
いつの間にか補佐役として関わる事になったいた。

正式に辞令が下りた頃、ようやく彼女と二人で
食事が出来る時間を作る事が出来た。一年で
恋人同士が一番浮かれる、クリスマス。

部屋で食事を終え飲み物を買いに外へ出ると、夕方から
降り出した雪で街は完全に白銀の世界へと変わっていた。
二人でゆっくりと道を歩くと、雪を踏む音が耳に心地よく響く。

「よかったね、補佐官殿♪」
「ちょ、止めて下さいよ。くすぐったいなぁ?」
「そう?その割にはニヤケてるけど?」
「ええ、まぁそりゃ…嬉しいですから…」
「素直じゃない子には…ほら!」
「わ!!冷っ!!!」

彼女は、無邪気に笑いながら大量の雪を背中に入れてきた。
灰色の雲に覆われ、久々に大雪の降ったクリスマス。

二人で足跡を作りながら、仕事の話を彼女に話した。
買ってきたお酒を飲みながらケーキを食べて、今までの
不信が嘘だったかのような時間が、過ぎていった。

そして、お互いの肌の温かさを何度も確かめ合うように
夜は更け、布団の中で彼女は、俺の肩で笑顔を浮かべながら

「今年も除夜の鐘、一緒に聞こうね」

と静かに呟いた。俺は、彼女を信じる事にした。
隣で笑う彼女の眼は、一点の曇りも無い眼だったから。
しかし、その年の大晦日の夜、俺の隣に彼女の姿は

なかった。

除夜の鐘が、空と大地と心に鳴り響いた。
まるで、何かが瓦解する音のように。
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2006/11/14/Tue 01:44:24   今宵、桜の木の下で/CM:0/TB:0/



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 内緒です♪

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