漆黒の斬撃

東京砂漠に生きる役者が、主に物語を書き綴るブログです。つたない文章ですが、お付き合い頂けたら幸いです。

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  ?望?
仕事にも行かず、俺は完全に闇の中に居た。
例の公園で、二度目の桜を見る事なく
春が終わろうとしていた。窓から見える
桜吹雪が俺には本当の吹雪のように見えた。

出口の無い迷路にいるような感覚だった。
ただただ、息をして、気が付いた時にだけ
食事をして、たまに窓の外を眺める、そんな
生活を続けていた。そして、梅雨特有のねとつく雨が
降る夜に、見知らぬ番号から電話がかかってきた。

「はい…」
「…」
「もしもし…」
「…」
「香澄か!?」
「突然の電話…すいません」

香澄によく似た声だった。俺は動悸が
激しくなるのを抑えて、携帯を握り締め、声を出した。

「香澄!一体どうしたんだよ!?」
「すいません…私は香澄ではありません」
「???変な冗談止めろよ!」
「私は、香澄の母です…」
「香澄の…お母さん…?」

動悸はまだ続いていた。なぜ香澄の母親が
いきなり俺に電話かけてきたのか
皆目見当もつかなかった。

「あの…どうして俺の携帯に電話を…?」
「事情を簡単に説明します。落ち着いて聞いて下さい」

全てを聞いた。全てを知り、全てを悟った。
俺は、弾かれた様に部屋を飛び出し、降りしきる
雨の中、香澄の母親に教えられた場所へと走りだした。


「香澄…」
「おがあん…から…きひたんらね…」
「うん…」
「もう…せっかく…かくご…きめへたのに…」
「ごめん…ごめん…俺…俺…」
「あのこに…だいてあげれなくてごめんねって…」
「香澄…嫌だ…嫌だよ…香澄!」
「あひがと…ね…」
「か、すみ…?かすみ…香澄!!!!!!」

耳に刺さる単調な心電図音と
嗚咽混じりの慟哭が病室に響いた。
外は、相変わらずの雨だった。


俺たちが出会ったときから、この別れは決まっていた事だった。
香澄だけが、そのジレンマと戦っていたのだ。俺が抱いていた
悩みなんかよりもずっと大きく、深い闇の中で。

病室を出たあと、香澄の母親から、香澄が残したものを
二つ受け取った。俺宛に書いてくれた手紙と
二人の愛の証である、小さな命。母親の死に際に生まれた
その小さな命は、今、この世の全てを知ろうと
水晶のような目を見開いて、俺の事を見つめていた。
受け取った手紙には、乱れた字でこう綴られていた。


こんな形になっちゃって…本当にごめんね。
 この手紙を読んでるって事は、きっと…私は
 もう生きてないんだろうね…。お母さんが
 なにもかも、全部話した後なのかな…。本当は
 全部隠したまま、恨まれたまま逝こうと思ってるけど、
 この手紙をどんな気持ちで読んでくれてるのかな…
 
 傷付くのは分かってるから、絶対に恋なんてしないって
 決めて、最後の我侭で仕事も行かせてもらって
 結局病気のせいで、満足に働けないし、会社を
 休みがちになっちゃうから事務の仕事になったけど
 そのお陰で、私は最高に幸せな日々に出会えたよ。
 でも嬉しい気持ちと悲しい気持ちがごちゃ混ぜの
 毎日はちょっと辛かったかな(笑)
 
 昨日の男の人は、私の心臓病の主治医の方です。
 先生に、産婦人科に付き添ってもらった帰りでした。
 心臓の事も…赤ちゃんの事も…黙っててごめんね…。
 余計な心配や負担をかけたくなくて…。本当は
 クリスマスの日に、全部話そうと思ったんだけど…
 やっぱり私一人の胸に閉まっておこうと思って
 母さんにだけ相談して、子どもは母さんに
 育ててもらうつもりでした。ダメな母親だね…。

 願わくば、今年の春まで生きて、一緒に桜を見たいな。
 もし、私が生きていたら、一緒に見てくれますか?
 
 私は去年と、同じ場所、同じ格好で待っているから
 赤ちゃんと一緒に見ようね。あなたの事が、本当に大好きです。
 
 【今宵、桜の木の下で、あなたを待っています】
                                                 香澄
                               

日付は、あの日、見知らぬ男と一緒に居た
香澄を見た日の翌日だった。手紙を読み終えた
俺は、再び激しい嗚咽を虚空に吐き出した。

涙が止まらなかった。病院だということも忘れ
壊れた人形のように、一人で泣き狂った。
どこまでも浅はかで、自分勝手で、香澄の
苦しみを、何一つ分かってやれなかった
自分自身を、消してしまいたいほど、呪った。

香澄の心臓病は、極まれな確率で発症し、
成人を迎えた後は、5年?10年以内には致死率が
90%以上という先天性の心臓病だった。
心臓のポンプとしての役目が失われはじめ、
最終的には臓器はもちろん、脳へも血が廻らなくなり
色々な障害をも引き起こす病気だった。

そんな身体でも香澄は、なにより自分自身に負ける事なく
精一杯に『今』を生きようとしていた。だからこそ
身体に負担のかかる出産も本当は避けるべきだったが
彼女は主治医の先生にこう言ったそうだ。

「死ぬ事が分かっている命よりも、生まれてくる事が
 分かっている命を大切にしたいんです、私は」

香澄は自分の死を憂う事なく、生まれてくるであろう
小さな命の生を慶ぶ、最後まで気丈な女性だった。

俺は、香澄に対する全てに後悔をするよりも、香澄が
俺に残してくれた、この小さな命を、今度は全力で守り抜こう。
それが俺の、香澄にしてやれる最後の愛の証だと思った。



それから、娘と共に桜を見て、蝉の声を聞いて
紅色の木々に囲まれ、白銀の世界を踏みしめた。
そんな一年を幾度か重ね、気が付けば俺は30歳を迎えていた。

風は穏やかに、空に輝く望が、辺りを照らしていた。
鮮やかに咲き誇っていた、遅咲きの桜の木々は、
また新たな花へと姿を変えるため、眠りについていた。

何度も訪れようと思ったけど、弱い俺はいつまでも
ここに来る事が出来きなかった。だけど、娘の言葉で
ようやくこの公園に立つ事が出来た。

俺は右手に小瓶を、左手に小さな手を握り締め
ポケットから手紙を取り出し、娘の前で泣きながら
一人、八年前の戻りえぬ時間を懐古していた。

「お父さん!」
「ん?」
「どうしたの?どこか痛いの…?」
「あ、ああ大丈夫だよ。目にゴミが入っただけだから」
「今日、撒くんだよね?」
「ああ。撒くよ」
「来年、ちゃんとお母さんに会えるかなぁ?」
「会えるさ。さくらが教えてくれたんだろ?」
「うん!灰はね、植物の栄養になって花を咲かせるんだよ!」
「そうだよな」
「だから、来年お花が咲いたら、お母さんにも会えるよね?」
「ああ、会えるさ。きっと…会える。」

来年の今日、俺は必ずまた来るから、だから待っててくれよ?
二人きりじゃないけど、同じサクラだから構わないよな?
この公園の桜になって、大きくなったさくらを見てやってくれ。
じゃあ、今度は俺が、来年の君にこの言葉を送るよ。




『今宵、桜の木の下、あなたを待っています』




風は穏やかに優しく、空は丸く悠然と、辺りを包んでいた。
冷たさの残る夜風が吹き、小瓶の灰を風に乗せると
散り際の花びらがひらひらと舞い、少女の手の中に

そっと…包まれた。
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2006/12/21/Thu 00:20:21   今宵、桜の木の下で/CM:0/TB:0/



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 内緒です♪

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